第9回あきた十文字映画祭 北の十文字賞 受賞 

映画評論でお馴染みの寺脇健氏の推薦により、発熱天使が本年度の北の十文字賞を受賞、
同映画祭で2月12日に招待作品として上映されました。

第9回
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[ 開催日]
2000年
2月 11・12・13日


[ 主催 ]
あきた十文字映画祭実行委員会
事務局(十文字町役場内)
 TEL 0182-42-0486

[ 会場 ]

十文字町総合文化センター

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あきた十文字映画祭とは・・・・

今や秋田県のみならず、全国の映画ファンから注目を浴びている映画祭のひとつ。
日本映画の衰退が進む中、秋田県南部の映画館が次々に閉鎖に追いこまれ、
危機感を持った地元の映画好きの青年たちが'82年に自主上映サークル「夜間飛行」を結成、それを母体に発展してきた映画祭。

幾多の困難を乗り越えて発展・・・・

手探りで始めた上映会は大成功を収めたものの、次第に資金面と内用面で生き詰まり活動休止へと追いこまれていった。その危機を救ったのが、91年に各市町村に配布された「ふるさと創生基金」で、100万円が映画上映会の補助金として与えられたのである。それを機に、単なる上映会でなく、話題性のある映画祭を目指すことになった。

だが当時は映画業界に精通するスタッフはいなかった。興行権を始めとして、映画業界との折衝という諸問題に直面したのである。そして第1回目の映画祭が開催されたのが91年の12月31日から翌1月5日まで。根岸吉太郎監督などのゲストを招き、「遠雷」ほか10作品が上映され、大成功を収めた。

この第1回目の映画祭を成功へと導いたのが、「遠雷」の主役である俳優の永島敏行である。スタッフのひとりの大学時代の友人であった彼は、多忙なスケジュールを調整して、尽力を尽くしたのである。以来、彼は今でも強力なアドバイザーとして十文字映画祭に貢献を続け、回を重ねるに従って映画業界に大きなネットワークが形成されたのである。

優れた作品を発掘、新たな情報を発信する映画祭

作品選考にあたって、この映画祭が主眼にしているのは、
(1)日本映画であること (2)若手監督の作品であること (3)日本では見る機会が少ないアジア映画であり、アジア文化と日本人の姿を見つめ直す というもの。これまでにも周防正行、岩井俊二、橋口亮輔など若手監督の作品が選ばれ、この映画祭で紹介されたことがきっかけで、他の地域で大ヒットした作品もある。

また毎回数多くの映画関係者が参加し、この映画祭は日本映画復興に向けた新たな情報発信拠点との役割も担っている。

[ 後援 ] 十文字町・十文字町教育委員会・横手市・湯沢市・秋田県・(財)秋田県国際交流協会・JR東日本秋田支社・十文字町観光協会・十文字町商工会・秋田魁新報社・朝日新聞秋田支局・読売新聞秋田支局・毎日新聞秋田支局・産経新聞秋田支局・河北新報秋田総局・NHK秋田放送局・ABS秋田放送・AKT秋田テレビ・AAB秋田朝日放送・エフエム秋田・月刊あきたタウン情報・月刊andnow・FMゆーとぴあ・秋田県映画興行組合・湯沢光座
受賞にあたって
前田和男 

前田監督この映画は、北京を旅したわたしの内面の旅行記です。一昨年訪れた北京は非常に暑かった記憶があります。猫が走る路地裏も、戦車が走れる大通りも、かつて学生たちが走り逃げ惑った広場も、どこもかしこもジリジリと暑く、その熱に浮かれるようにわたしは「発熱天使」を撮りました。その熱がさめやらぬまま十文字映画祭に招かれ、しかも賞まいただけるとは!

みなさんの事情が許すのであれば、どうか、この映画を二回観てください。一度目とはきっと違う自分に気づくことでしょう。さらに、年を置いて観てください。何年か後に。人は何らかの形で成長を繰り返していくものです。その過程で観るこの映画は、きっとあなたの「鏡」になるものと思っています。「鏡」?…あるいは「心のスクリーン」かも…

何はともあれ、北国の発熱的映画祭に乾杯!

平川隆一 発熱天使 総合プロデューサー 

平川GP映画は完成してからが大変だというのが製作者の実感です。制作中は「産みの苦しみ」より、創造の楽しさが一杯で、撮影現場は情熱がぶつかり合う「発熱」状態でした。

みんなの情熱から生まれた映画は試写を重ね、劇場で上映され、人々の心の中で育まれて成長してゆきます。こうして映画は次第にひとり立ちしていくのだと思います。

今回のこの映画祭で「発熱天使」がひとりでも多くの人に出会い、成長するのを楽しみにしています。

参加報告 文: 発熱天使 脚本・監督 前田和男

■雪をも溶かす熱気

十文字町は、とにかく雪景色が美しかったなぁ!
雪国育ちの僕が言うのだから、間違いありません。

その雪をも溶かす程の熱気が、実行委員会スタッフやお客さんからムンムン伝わってきました。

連日の超満員。

地元のお客さんは約四割で、他は全国各地からはるばるやってこられた方々が
映画祭を盛り上げていました。各地の映画祭関係者もおおぜい参加していました。

地方の映画ファンが「映画祭」というネットワークでつながる。
その熱さに、映画の作り手として涙が出るほど感動しました。


■映画祭という新しい映画流通システム

「発熱天使」は、上映してくれる映画館が決まるまで、大変な苦労をしました。
地味な「商品」だからです。

集客能力のない(と予想される)作品は、
単館上映やレイトショーという選択を余儀なくされます。
噂を聞いて観たいと思っても東京でしかやっていない。

地方のお客さんは、こんなトホホな状態に追いやられるのが、
現在の日本の上映システムです。

しかし、近年、全国各地で映画祭がどんどん増え、
「発熱天使」のような小品がプログラムに乗る機会が多くなりました。

これはひとえに、「タイタニック」じゃない映画を観たいという
各地の映画ファンの声が盛り上がったためでしょう。

映画祭スタッフは、
一年かけて東京の単館ロードショーでかけられている作品を「品評」し、
自分たちが真に観たい映画をセレクトします。

そうして「発熱天使」が秋田の十文字町で上映されたのです。

これって、新しい興行システムじゃないですか?!

各地の映画祭がネットワークとして機能を発揮すれば、
小さな作品でも「全国公開」は可能なんですよ! 

映画祭という全国公開。
僕は声を大にして言いたい。

タイタニックだけが映画じゃねぇぞ!

■映画ファンの輪が広がる至福の環境


休憩時間にロビーで煙草を吸っていると、いつしか、周りにお客さんの輪が広がります。

慣れないサイン攻めに会い冷や汗ものでしたが、
とにかく、映画を丸ごと愛するという気持ちが
ビシバシ伝わって来るのです。 

「金星」の長台詞にはどんな意図があったのかとか、
冒頭の天安門広場のシーンは圧巻だったとか、
そんな率直な感想や質問を気軽に投げかけてくれます。

老後の道楽として、映画祭をハシゴして歩いている浜松のおじいさんは、常連でした。

映画っていいなぁ! 
つくづく、しみじみ、感じました。

■映画に酔い、酒に酔い…

たくさんの素晴らしい映画に出会いました。

それぞれの作品に関わった素晴らしい人々に出会いました。
スペースの関係で、その一つ一つ、
お一人お一人を詳しくご紹介できないのが残念です。

正直に告白します。
僕は酒に酔って舞台挨拶しました。
ゴメンナサイ。(シネアミューズの初日もそうでした)

最終日の打ち上げは、素敵な温泉宿での宴となりましたが、
ドンチャン騒ぎの徹夜となりました。

もうこうなったら徹夜しようぜぃ! と叫び続けていたのは僕です。

ゴメンナサイ

廊下でカラオケ絶叫しちゃって、ゴメンナサイ。
宿のおばさんたち、ゴメンナサイ。

映画祭顧問のスクリプター・白鳥あかねさん、

敬愛する脚本家・荒井晴彦さん、

「発熱天使」を推薦してくださった寺脇研さん、

俳優・永島敏行さん、

脚本家・加藤正人さん、

映画祭事務局代表・小川孝行さん、

そして、一緒に酔っぱらってくれた映画祭スタッフのみなさん。

ありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

みなさんのおかげで、次作への勇気と活力が生まれました。

次は、「中国ロック」の映画を撮るつもりです。
ね、平川さん!