発熱的監督日記 著:前田和男 (脚本/監督) 全14回
第14回 クランクアップ 最終回
9月22日 (撮影14日目・最終日)
最終日。
金星が思い続けてきた男性とは、鄭浩である。
出演者の一人であるあの大富豪の鄭浩だ。

鄭浩からどうしても金星とは結婚できない。
友人として尽くしたい。
そう言われた時、金星は心を振り絞って泣いた。
このロケ中、金星は団員の反乱に遭っていた。
ある一人の女性団員が、金星に暴力をふるい、金星の部屋をめちゃくちゃに破壊していったのだ。
信じていた団員の裏切りで、心も身体も傷ついていた金星に明け方一本の電話があった。
鄭浩からだった。
事情を知らない鄭浩は、ただひとことこう言った。
「金星、ニイハオ、マ?」……
金星、だいじょうぶか、どうしてる、ちゃんと生きてるか
…そんな意味だ。
多分、日本語でも、英語でも、フランス語でも、そういう言葉はあるだろう。
思いが通じ合っている二人の間でだけ、ひとことで、思いを表現し尽くせる言葉…
鄭浩のその朝の言葉は、まさにそれだった。
金星は、泣き崩れたという。
孤独に対する癒しを得たのだろう。
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この映画のテーマは、「孤独」である。
旅人の孤独。劉偉の孤独。鄭均の孤独。鄭浩の孤独。
そして、金星の孤独。
人間には絶対というものがないといわれる。
でも、一つだけあるのだ。
人間は、生まれた瞬間から死に向かって突っ走っているという絶対。
例外なく人間は死ぬという真理。
この真理を知っているにもかかわらず、人間は発狂することなく日々を生き続けている。
これは、絶対の孤独、孤独の本質だ。
そんなもろい状況にいる人間の壊れそうになる心を支えているのは何か。
芸術であり、宗教であり、理想であり、愛である。
自分自身と向き合うということは、
つまり、自分が孤独な存在だということを認めることなのではないかと思う。
そう思った時、人は人に優しくなれる。
謙虚になれる。
孤独な存在であることを認識した時、人間は自由になれる。
そんなことを考えながら、この映画を作った。
この映画が、疲れた心の癒しになればいいな、そんな事を望みながら。
金星の長い「孤独」の物語は、翌日の朝三時過ぎに撮り終えた。
クランクアップ。
拍手が沸き、全員が「発熱天使」の四文字から好きな字を選び
それを画用紙に書いて記念写真におさまった。
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この映画は、最初テレビの企画としてスタートした。
商業主義の波の中で、ポップに生まれ変わる中国の姿。
それがテーマだったのだが、僕が書いたストーリーは、孤独と愛の自己発見の物語だった。
当然、局からNGが出たが、平川EPと張怡Pのおかげで映画として再生した。
ぼくたち日本人の見る中国は、「国家」としての中国であり、
個人の顔がなかなか見えてこなかった。
しかし、シナハン(おっと、支那のシナではありませんぞ。シナリオハンティングの事です。念のため)で
上海や北京を訪ねてみると、当然の事だが、非常に人間臭い「個人」が
どんどん露出してきているのだ。
商業主義、拝金主義という表層的な現象はある。
しかし、北京の四人はいずれも「孤独」という共通ワードで「個人」が露出していた。
際立っていた。
孤独こそが、個人露出の本質に近いものかもしれないと僕は思い、
北京を撮影場所に選んだのだ。
孤独は辛く暗いものではない。
それと正面から向き合った時、ひょっとしたら快感が生まれるのかも…。
生きているという実感、と言い換えていもいいのかもしれない。

撮影がすべて終わり、明日には帰国するという「帰国前夜」。
僕はなかなか寝付かれず、無謀にも、深夜の天安門広場に出かけた。
張怡から「深夜の天安門広場は、恋人たちの広場よ」と聞いていたが、
別に覗きをしようと思ったわけではない。
この映画のファーストシーンをもう一度見ておきたかったのだ。
ここからスタートしたという事実を確かめておきたかった。
何の事はない、自己陶酔のセンチメンタルな理由だ。
ホテルのロビーに降りていくと、張怡が精算していた。
どこ行くの?
…天安門広場。
…そりゃあぶない。
わたしがボディガードしてあげる……
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というわけで張怡とタクシーに乗った。
タクシーで訪れた深夜の天安門広場は、恋人の姿どころではなかった。
人民解放軍が厳重に警戒する儀式の場としての広場だった。
そうなんだ、あと一週間もすれば「国慶節」の儀式がこの広場で行われる。
恋だなんだと浮かれて集まってくる恋人たちの姿などある訳がない。
この国の手強さを最もよく知っているのは、当の国民なのだ。
間抜けな僕たちはタクシーでぐるりと広場を一周し、ホテルへ戻った。
広場を後にする瞬間、振り向いた僕の目に、
天安門に掲げられた毛沢東の肖像が残像として残った。
彼にも「孤独」はあったんだろうな。
きっと。

1999年10月1日。
彼が作った国は50周年を迎える。
(終)
監督日記 第14回 おわり
監督日記はこれが最終回です