発熱天使ロゴ 発熱的監督日記 著:前田和男 (脚本/監督)   全14回 

第1回 中国ロケはこうして始まった  


1998年9月8日 クランクイン(撮影開始)前日の混乱
 

クランクイン前日。

機材の通関がややこしいため、カメラ、ライトなど主要な撮影機材は北京で調達する。

ところが、機材の最終チェックで訪れた機材屋でひと悶着。


玉手チーフが、バッテリーのチャージャー(充電器)はないのかと問うと、

機材屋は、「必要ない」の一点張り。


玉手は、バッテリーは消耗するのだから毎日充電が必要なんだと、

映画学校の初日のような講義をする。


しかしやはり、「必要ない!」。

機材屋の表情には、ガンとしたプライドがあった。

「われわれのバッテリーは充電しなくても半年はもつ」と。


ホテルへ戻る車の中で、玉手はポツリと言った。

…そんなバッテリーがあれば、世界中が使ってるさ…。


中国五千年の「充電不要バッテリー」を使う「勇気」はわれわれにはなく、

追加料金を支払い、充電器を借り受け、その条件として、

機材屋に勤める「充電担当」の傳(フー)さんという

初老のスタッフを雇うことになった。


このフーさん、撮影中は大活躍で、しかも、実はとんでもない人物だったのである。


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カメラテストのフィルムをラボ入れするため、

二台のタクシーに分乗して郊外の現像所へ向かった。

一台は僕と張怡(チャンイ・プロデューサー)、録音部・永口。

もう一台は撮影部の二人(岩渕カメラマン、玉手チーフ)。

これが騒動の発端となった。


現像所まで二時間はかかるという。

撮影部は中国語が分からない。

迷子にならないよう、二台の運転手には離れないように

キャラバンで(隊列を組んで)行こうと確認した。


にもかかわらず、

撮影部の乗ったタクシー運転手が暴走してしまった。

あっという間に、われわれの視界から消えてしまったのだ。

ま、場所は伝えてあるから現地で会えるだろうとタカをくくっていたのだが……

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前田監督

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待つこと二時間…


エアコンの効かない後部座席でぐったりと消耗しきった撮影部が到着した。

玉手チーフの撮影手帳には、

ぎっしりと「漢字」が書き連ねてあった。


「電影(中国語で映画)、撮影印画紙、現像所、

緊急、急行、電影感光印画巻現像……」


漢字という共通の文化を持つ中国では、筆談が功を奏したのだ。


ここからがまたひと波乱。


受付で手続きをし、12時には現像が上がるというので、

その時間に出直した。


が、映写技師が昼飯で不在だという。


われわれは1時に出直した。


が、映写技師は休憩中だという。


撮影部はマジギレ寸前。

しかし、この現像所は国営で、しかも北京で現像できるのはここだけなんだから、

喧嘩したら後がないよ、と張怡(チャンイ)がなだめる。



2時に出直した。

やっと試写室へ入れた。


数分の試写が終わり、岩渕カメラマンがもう一度見たいという。


張怡が試写室へ行く。

ガラス越しの映写室で張怡と映写技師が何やら言葉を交わしている。


と、突然張怡の形相が怒りに一変した。

机をバンバン叩き、映写技師に詰め寄る。


映写技師は平然だ。

なおも張怡は顔を紅潮させて抗議している。

机の上のノートを床に叩き付ける。足を踏み鳴らす。


暗い試写室でぼんやり待っていたわれわれだが、

そのうちやっと二度目の試写が始まった。


張怡が言うには、試写は一回だけだ、

と映写技師が言い張ったのだそうだ。

ここは国立の現像所。映写技師は国家公務員。

……なるほど。妙に納得したわれわれであった。



そんなこんなで、波乱含みのクランクイン前日であった。

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撮影部の2人 岩渕カメラマン(左) 玉手チーフ(右) 


9月9日 クランクイン(撮影初日)

この映画は、旅人(椎名桔平)が「北京」と出会い、

そこで知り合った「偶然の友人」たちとの

心の交流をドキュメンタリータッチに撮るというプランだったため、

撮影スケジュールはシナリオの順番通りに行うことになった。



シーン@、天安門広場に旅人が登場するシーン。


…早朝の天安門広場、広大な広場に朝霞が立ち込め、人の姿はなく、

遠くに人民解放軍の兵士が静かに歩く。

そこへ自転車に乗った旅人がのんびりと現われる…

それが僕のイメージだった。


早朝五時、ロケ隊はホテルを出発した。


十数分後に天安門広場に立った僕は、ボーゼンジシツ。


人人人人……


この広大な広場をびっしりと人が埋め尽くしていたのだ。


「早朝、朝霞、無人の広場…」


僕のイメージは初日のファーストカットからぶっ飛んでしまった。


早朝五時に、この人波。

聞けば、ほとんどが地方からの観光客だという。

にしても、朝五時だぜ。

僕は背後に「殺気」を感じ、振り向いた。

大勢の中国人が僕の回りを囲んでいる。


いや、囲むのでなく、十数pの至近距離に迫り、

不可解な表情で僕の頭髪を眺めているのだ。


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天安門広場にて



僕は金髪オヤジだ。

彼らの鼻息を感じる距離で、

金髪をじっと「観察」された早朝の僕だった。



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風邪気味の椎名桔平さんは、さっそうと自転車をこぐ。


その姿をカメラは遠くからとらえていたので、

中国名物の「人垣」が桔平さんを取り囲むことはなかった。


桔平さんは天安門広場の早朝の空気をゆっくりと呼吸する。

「発熱天使」のスタートにあたって、桔平さんはまず、

この広場の空気を思い切り吸い込むことから「役」に入った。



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天安門広場は広い。とにかく広い。

天安門や人民大会堂が霞んで見えるくらいにだだっ広い。

人工の「広場」としては世界で最も広いといわれる。

約十万人が集える広さだそうだ。



十年前の6月4日、

この広場に大勢の学生たちが座り込み、抗議の断食を一週間続けた。

その学生たちの中へ戦車が突っ込み、解放軍は銃の引き金を引いた……




そんな映像をCNNで見ていた日本の僕は、あたりまえの事だが

「事件」の印象は衝撃的に残っても、「広場の広さ」の印象は薄かった。



あの事件から十年後、


初めてこの広場の中心に立ち、ぐるりと見回してみる。

真北に紫禁城と天安門、東に革命歴史博物館、南に人民英雄記念碑、西に人民大会堂。

ぐるぐる回りすぎて目眩に襲われた。


天安門広場の広さは、中国の歴史を内包していて、強烈な目眩感を伴う。

 

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胡同(フートン)には、「旅人」が投宿している旅館がある。

胡同というのは旧い街並みの総称である。

北京市内にはいくつかの胡同が点在している。

われわれが撮影で訪れたのは、

紫禁城の北の方角にある銀錠橋(ぎんじょうばし)胡同である。


大きな池と運河、運河沿いには柳の並木道、

煉瓦や石でできた民家、細い路地、間口一間ほどの小さな雑貨屋、

洗濯屋、なぜか三軒おきにある美容室、床屋、惣菜の屋台、

なべ料理の屋台、ひつじの串焼き、旬の桃が満載のリヤカー


……街は喧騒と活気に包まれていた。


観光用の人力車が何台も連なって走っている。

乗っているのは西洋人の団体だった。

大きな池のほとりには、ずらりと麻雀卓が並び、老人たちが牌を囲んでいる。



この路上麻雀をバックに椎名桔平が自転車でやってくる。


そんな本番の真っ最中に、われわれに向かって中国語で怒号が飛んだ。

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胡同(フートン)にて

 

「日本人帰れ!」。


この胡同での撮影は、そんな反日感情の視線の中で淡々と進んだ。

通訳兼制作進行の孫雅静(スン・ヤーチン)が急に顔を強張らせた。

彼女も罵声を浴びていたのだ。


「こんな汚い街を日本人に撮らせるな」

「北京の恥だ」

「お前は売国奴だ」



このゴチャゴチャした街を汚いと感じるかどうかは人それぞれだが、

僕ら日本人にはとても懐かしく感じられる。

いわば、北京の「下町」なのだ。

人情も濃かった。


われわれはこの街を行ったりきたり撮影しているうちに、

胡同の人々と顔なじみになってしまった。

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桔平は雑貨屋や自転車屋のおじいちゃんたちと、通じない会話を交わし、

撮影部は屋台の羊肉に舌鼓を打つ。


われわれ日本人に向かって

「バカヤロ」「ミーシ」

と声をかける若い中国人もいる。


はじめはドキッとしたのだが、

よく見ると片言の日本語でにこにこ笑いながら「バカヤロ」である。


「ミーシ」とは「めし(飯)」の事だ。


戦中の一時期、強制労働に駆り立てられた中国人が、

日本兵から浴びた罵声

「馬鹿野郎!飯だ!」

なのである。


この言葉をわれわれに笑顔で投げかけた若い中国人は、

おそらくその意味を理解していないのだろう。

祖父の世代から引き継がれた唯一の日本語なのだ。


だから、親愛の意味を込めて、

自分が知ってる数少ない日本語で「挨拶」してきたのだ。

(…多分)


この胡同も都市の区画整理で近々姿を消すという。


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監督日記 INDEX

3 お勧め北京料理 6 中国自転車考 9 中国ロック事情 12 あぶデカなふたり
1 ロケが始まった  4 劉偉宅の犬騒動 7 メイドインチャイナ 10 風邪で現場は… 13 性転換ダンサー
2 旅館に響く泣き声 5 椎名さんと自転車 8 健康とトイレ事情  11 孤独な成金 14 クランクアップ