映画「生きる」大川小学校 津波裁判を闘った人たち

 

※「生きる」大川小学校津波裁判を闘った人たちの主題歌「駆けて来てよ」の初披露ミュージカル映像が300円で視聴できます!

Watch ♪駆けて来てよ、♪KIZUNA(SCSミュージカル『忘れたい 忘れない』より) Online | Vimeo On Demand on Vimeo

 

※8月28日(日)第3回原告遺族の語り部の会&特別試写会を開催します。

https://bit.ly/OkawaBigban

チラシは下記のリンクからダウンロードしてください

https://drive.google.com/file/d/1L5rd5x_0Tv23jP-AUANJliegBgqm5E47/view?usp=sharing

6月11日(土)に専修大学で開催された大川小学校津波事故映画『生きる』試写会&シンポジウムの内容が、専修大のウェブサイトで報じられています!

2023年春頃 全国公開予定!

最新情報は

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イントロダクション

2011年3月11日 午後2時46分

東北地方太平洋沖を震源とする

マグニチュード9の巨大地震が日本列島を襲った

この東日本大震災で数多くの学校が被災した

しかし74人の児童と10人の教職員が

津波に呑まれ命を失った(児童4人は未だ行方不明)のは

宮城県石巻市にある大川小学校だけだった

地震発生から津波到達まで約51分

ラジオや行政の防災無線で情報は

学校側にも伝わりスクールバスも待機していた

なぜ我が子は学校で最期を迎えたのか

この映画はその答えを探し続けている

親たちの記録である

メディア掲載情報

【日曜スクープ】大川小津波裁判“日本のこれから”

動画⇒(216) 【日曜スクープ】大川小津波裁判“日本のこれから”(2022年3月19日) – YouTube

テキスト版⇒https://www.bs-asahi.co.jp/sunday_scoop/interview/109/

「失敗例も伝えなければ…」 立ち上がった大川小遺族の姿、映画に | 毎日新聞 (mainichi.jp)

旧大川小遺族を追った映画が完成 来月3日に石巻で試写会:朝日新聞デジタル (asahi.com)

【大谷昭宏】学校が子どもの命の最後の場所になってはならない 大川小学校津波裁判 – 大谷昭宏のフラッシュアップ – 社会コラム : 日刊スポーツ (nikkansports.com)

「約1分で避難できた」大川小74人の児童はなぜ校庭で待たされ津波に呑まれたのか(風間 詩織) | FRaU (ismedia.jp)

映画『「生きる」〜大川小学校 津波裁判を闘ったひとたち』 を見る | 情報屋台 (johoyatai.com)

「生きる意味考えて」 大川小訴訟、映画制作進む – 産経ニュース (sankei.com)

旧大川小遺族、残した200時間超の動画 「溝」に衝撃受け映画制作:朝日新聞デジタル (asahi.com)

大川小映画、支援に語り部で返礼 来春完成、製作費支援者に | 共同通信 (nordot.app)

大川小津波訴訟 遺族の闘い、ドキュメンタリー映画に CFで製作費募る | 河北新報オンラインニュース / ONLINE NEWS (kahoku.news)

監督からのメッセージ

「あの日何だったのかというところの説明は嘘から始まって、それを本当にしようとして一生懸命嘘で固めようとしたために、こういうことになってしまって。本来であれば、裁判を起こすような事案じゃないと思います」

これは小学3年生の未捺さんを失った只野英昭さんが、繰り返し訴える言葉です。遺族が知りたかったのは「なぜ最も安全な学校で子どもの命が失われたのか」ということでした。しかし11回も行われた市教育委員会による説明会でも、その後、約1年間にわたり行われた第三者検証委員会でも、その答えは得られないどころか、溝は広がり深まるだけでした。

この映画では、市教育委員会や第三者検証委員会など遺族自身が撮影してきた200時間を超える映像を元に構成しています。なぜ彼らは裁判を起こしたのか、そこにはどんな葛藤があったのか。この映画を見て、ご自身で体現してみてください。

「大川小という場所は、海辺にあるならまだしもですね。海から直線距離で3.7キロの地区にあって、そういう場所で児童が津波に飲まれていくわけですけれども、それが一体誰の責任だというふうに言えるのかということについては、なかなか難しい問題で、できれば僕じゃない誰かに相談に行って欲しかったかなという気持ちを率直に言えば最初はそう思いましたけどね」

これは原告遺族の代理人を務めた吉岡和弘弁護士が、原告遺族との最初の面談の前の内心です。石巻市内で約3600人、大川地区だけでも350人ほどの死者・行方不明者がいました。こうした中、なぜ学校の子どもを失った親だけが裁判をするのかという批判と、勝たなければならない、負ければ弁護士が悪かったと言われる裁判。断ろうと思いつつ、まずは現場を見なければと遺族と共に大川小学校に向かいました。

校庭のすぐ横にある穏やか山。そこは子どもたちがシイタケ裁判の体験学習をしていた所です。吉岡弁護士はそこに佇み、校庭を見つめました。

「これは天災ではなく人災だ」

「自分の命よりも大切な子どもの命を金額で示さないと裁判にならないと。みんな、口に出せないですよね。自分の子どもがいくらだってなって絶対に出せない。だから吉岡先生が1人1億と、そう述べたんですけど…」

裁判や法廷は遺族にとってニュースやテレビドラマで見る世界でした。しかし、提訴がニュースになると「金がほしいのか」との多くの誹謗中傷が原告遺族に浴びせられました。

それは裁判が進んでも、画期的と言われる「平時からの組織的過失を認定」した原告の勝訴判決が確定しても変わりませんでした。判決確定後、複数の新聞社に原告団の中心を担った3人を「刺し殺す」などととの脅迫文が送りつけられました。

 

「亡くなった娘は私の笑顔が大好きでした。なので私は、ひっそりと泣きます。娘にバレないように、頑張って、泣いて笑って、残りの人生を、娘の分まで娘が残した何かのために、私は一生懸命生きていこうと」

映画の撮影が進む中、原告遺族によるはじめての語り部の会が行われました。その場に普段はほとんど表に出ない子どもたちの母親の姿がありました。当時小学5年生の千聖さんを失った紫桃さよみさんが吐露します。

「語り部を私はあまりしたいとは思いません。なぜなら、母親の思いが先にたってしまって、裁判とか検証とかという、その重い、活字のような世界には私はどうしても立ち入ることが許せない自分がいます。」

最も安全なはずの学校で子どもを失う親の悲しみを繰り返してほしくないという遺族の思いと、子どもたちが生きたかった命と向き合いながら「生きる」遺族の姿を知っていただきいと考え、この映画をまとめました。

2022年5月31日 寺田和弘

2022年6月5日付 公明新聞「素顔」

 

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